さて、「記録に残すことで、イヤなことを忘れる」というのは、出来事の経験を「意味」に直してしまうことで、感情的に落ち着くという方法です。いわば出来事の「面白味」を削って、特徴と対策だけに絞ってしまうことといえます。
そもそも「意味記憶」とは「言語で表記できる」ということ。言葉で書くということは「抽象化」に近い作業なのです。
「イヤなこと」という抽象的な「問題」に対しては、「対処法」があります。ちょうど池袋駅が大幅に改築されても、「西武は東」であることに変わりなく、その点にのみ注意していれば道に迷わないのと一緒です。
「さっき遭遇したイヤなこと」を事細かに思い出していても気分が悪くなってしまうだけですが、「イヤなこと一般」への対処方法は記憶にあります。「イヤな気分」への対処の仕方も脳が覚えているでしょう。20年くらいのデータベースがあれば、出てくるはずです。
つまり、忘れてしまいたいことを経験したら、さっさと記録に残し、「イヤなこと」への機械的な対応策も併記して、抽象化するべきなのです。いやなことは「思い出」ではないのですから、細部まで頭に残して気分を悪くする必要はないはずです。